日本人が忘れたもの

一通の手紙から発展した強奪事件

1月、仕事も一段落した事もあり、ダリアとの結婚をする為にマニラに向かいました。
成田空港に着くと、合いも変わらず大きな段ボール箱をいくつもカートに載せたタレントたちが、人のことなど関係ないようにハイテンションで騒がしく、心はもう家族の待つフィリピンに居るよう。
そんな中、私を含めフィリピンに何しに行くのか不明な日本人の男たちも10数人程が、チケットカウンターに並び、タレントたちの側には、成田からランナウェーする事をさせないために、監視しに来ているプロモーターらしき男たちも数人見えるようでした。

そこに一人のピナイが声を掛けてきて「クーヤ、お願いがあるんだけど」と。私はそのピナイが何を頼みに来たか想像出来たが「アノ ヨン?」と答えると「カシ オーバーバッゲッージ ナ アコ」「プエデホ バン トゥルガン モ アコ?」と云うので、人の良い私は(誰も言ってくれないけど...笑)「オオ シゲ!」
「マグキタ ナラン タイヨ サ ピリピーナス!」と答えると、そのピナイは少しビックリした様に「マラミン サラマッ ポ クーヤ!」「バキット マルノン カ ナン タガログ?」と微笑みながら、「シグロ ピナイ アン アサワ モ ア~ノ?」これには、周りのピナイも含めて大爆笑!
戸惑いながらも「ワラ アコン アサワ. ナグアラル アコ ナン タガログ!」と云うと、空かさず「分かりました、じゃあ、アコが恋人になるよ!」と周りのピナイに理解出来ないように日本語でいうので、慌てて「ププンタ アコ ピナス. パカサール ナ!」と答えるのがやっとでその場をきり抜けたのでした。

そうこうしていると、チケットカウンターが開き荷物を預けて身軽になると、小腹が空いてきたので上のレストランへ足を運ぼうとする所に、先程私に荷物を頼んだピナイと仲間が声を掛けてくるので、これは知らん振りしなければと、とっさにその場を離れようとしたが捕まってしまいました。
こういう場合、食事代までおごらされる事が普通なのだと認識していたのですが、彼女は、「クーヤ、さっきはありがとうね!」「カイン ナ タイヨー! ごちそうするから」と声を掛けて来たのです。

良く考えればサラリーを貰ったばかりなのだ。諸兄も経験有るとは思いますが、ピナイといるとすべての出費は日本人が出すものと認識しているはずですが、それは金が無い時だけで実際の所、フィリピン人は親しい人には無頓着ぐらいに散財してしまうのです。

これもフィリピンの分け合いの精神から来るもので、貧しいフィリピン社会では、有る者が無い者に分けるという、いわゆるマチョイズムのひとつからで、フィリピン人の根底には誰でもが持ち合わせている部分だと思います。

(そのかわりに、自分だけ良い思いをしようとすると命のやり取りになる場合もあるのでご注意を!)

たとえば、日本に来ているタレントの中にもドリンクバックが入るとお気に入りの客を店に無料招待してしまう優しい子がいる程。(金が無いからゴチになるしかないのだ!)

おっと、又、話が脱線してしまいました。

先程のピナイたちと食事も済み(結局私がすべて支払いました。)搭乗案内のアナウンスが私たちの居るところにも流れて、いざ、鎌倉へではなく、フィリピンへ・・・・・

期待と不安で高まる胸を押さえながら搭乗ロビーと足を運び、そして、搭乗機にある自分のシートを探し出し、見つけると手荷物をキャビンにしまい込み、深く腰を沈めてこれからの4時間30分のフライトを如何に過ごすか考えている所に、私の席のとなりに少しの緊張からなのか、顔から青白く血の気が引いたような、年の頃は20代後半の客が席に着いて来たのです。

そして、まもなくしてテイクオフ。シートを元の位置にもどし、シートベルトを装着し、機内にはフライトアテンダントの非常時の対応説明があり、機長の挨拶がおわり、エンジンの音が高くなると次の瞬間、滑走路を疾走。路面とタイヤの軋み音がしばらくした後、突然音が消えると時を同じに身体がシートより少し浮いたような感覚があり、機が路面より離れたのがわかったのです。

それからは、成田空港に着いてからの長かった時間が嘘のように、あっという間に雲の上に到達しシートベルトサインのランプも消え、機内サービスの準備にFAが右往左往と忙しく働く姿を見ながら、先程から気になっているとなりのシートに座る男性に私は声を掛けました。

  私・・・「どちらからですか? フィリピンへは初めてですか?」というと疑いの眼差しで

  男・・・「貴方は日本人ですか? フィリピン人かと思いました」と不安な気持ちを伝えると

男・・・「埼玉の飯能からで、フィリピンに行くのは初めてなんです。」

  男・・・「マニラで結婚をする為にいくんです。」というので

私・・・「彼女には連絡出来ているんですか?」

男・・・「手紙を送っていますし、今日マニラに着く事もわかっているはずです」私は少し心配になり、

私・・・「貴方が今日マニラに着く事の確認の電話はしたの?」

私・・・「誰が空港に迎えにくるの?」

男・・・「・・・・・・」

それから、しばらくは彼と彼女のストーリーを聞く事になるのです。

私は自分もこれから、先の見えないダリアとの結婚の為にマニラに向かっているのに、彼のことが無心に気になり始め、話に耳を傾ける事にしたのです。

彼は、人間関係のトラブルから仕事もやめ、退職金と貯金を合わせて800万円もの大金を抱えてフィリピンに行き、彼女とマニラに住み、商売でもと考えて観光ではなく結婚する為に機上の人になったというのです。

私は、始めて行くフィリピンにそんな大金を持参して行くのはとても危険である事、フィリピンでは日本で考えて居るほど商売は簡単ではないという事など、私の判る限りのフィリピンノウハウを話した上で、ニノイアキノ空港に着いたら当時まだ空港警察の知り合いが居たので彼を預けようと心に決めました。

だがしかし、念の為に私の名前とホテルの電話番号の書いたメモを彼に手渡し、まずはこれでOKだからと安心させたのです。

それからは彼の身の上相談が延々と続き、気が付くともういよいよ機長のアナウンスがあり、最終着陸体制に入りニノイアキノ空港へとタッチダウン・・・無事に到着し私はその高まる気持ちを押さえる事が出来ずに我先に席を立ち、長い廊下を通り抜け入国審査のカウンターへ。その時、気が付いたのです、先程の若い日本人は?と・・・
そこへ息を乱しながらあのハポンが「どんどんと先に行くのであわてて追いかけて来ました」・・・・・笑!(笑ってはいけないです ハイ!)

そこで私は空港警察を呼びとめ、知り合いの警官を呼んでもらい事情を話し、後はすべて任せて入国を済ませターンテーブルからピナイからの荷物を取り彼女に渡して即行で外に出て、タクシーを拾うとダリアとの待ち合わせであるロハスブルーバード沿いエルミタ地区に1階が中国レストランのブルーバードマンションへと急ぎました。 いよいよダリアと逢えるのだ。

空港からのタクシーの中ではエアコンが入っているにも関わらず、真冬の日本から来たせいと外が暑いせいもありさほど涼しいとは思わずに居るところに、信号待ちでストップする度に、金の無心やたばこ売りの売り子などが目敏く、日本人の私を見つけて窓を叩く仕草が益々暑さを増し、これがマニラだと理解できる気持ちと暑いから側に来ないでと思う気持ちが入り組んだ複雑な心境で早くホテルに着く事を願いつつ居ましたが、ロハスブルーバードに出ると今までの渋滞が嘘のようにスムーズに車は走り出しました。

そして、ホテルの前へ到着! 強い日差しの外からホテル内に入ると中は薄暗く、目が慣れるまで、しばらくの間、立ちずさんで居る所に、これまた黒い肌の顔を、白い歯に満面笑みを湛えて、子供のような体型のダリアが、私の胸に飛び込んできました。

それからは、チェックインを済ませ部屋に入るや否やシャワールームへ入り、今日起きた事を振り返りながら汗を流し着替えて、まずは下の中国レストランで食事を取りに・・・ダリアはひとりでホテルに来ていたので(家族数人で来るのがふつう)、食事も静かにロマンティックなムードで進んで、心良く済み部屋に帰りしばらくする、部屋の電話が私を呼ぶので出ると空港警察の友人からで、先程の日本人がホールドアップにあったというのです。

私は疲れた身体にムチを入れ、ダリアと共に飛ぶようにエアポートに向かい、彼が保護されている空港内の保安室に向かい詳しい事情を彼から聴き出しましたところ、迎えには恋人の兄と兄の友人の3人で来たあと、その3人にトラックの荷台に押し込まれ刃物で脅され、着ているもの以外をすべて強奪されたとの事(もちろん800万円も!)

私は考えました。そして被害届を出し、彼に彼女のアドレスを聞きだし知り合いのポリス同行で彼女の家に向かい家のそばで見張る事にしている所に、しばらくすると犯人の一人である兄が彼のバッグをもって家に入りましたので、すぐに後を着け家に入るや否や兄を確保してバッグの中身を確認し、ほとんど手付かずのままに一同ほっとしている所に、彼女が現れ唖然と事の成り行きをしばらくは見ていましたが、彼が居る事に気付き彼の元へ行き、なぜ、ここに居るのか?何があったのか?聞き出すと次の瞬間、部屋の奥に・・・次の瞬間彼女は包丁を手に兄のもとへそして「プッタギ ナ モ!」「パタイン キタ!」と叫びながら暴れ始めたのですが、しかしその場はなんとか収める事が出来ました。しかし、その後の話し合いで事件の真相が解明されるにつれ全容が理解でき始めてきました。

よくある話といえば話なのですが、まずは彼がマニラの彼女に手紙を送る処からがはじまりで、その手紙を受け取ったのがなんと、彼女本人ではなく彼女の兄、すなわち、被疑者だったのです。

兄は妹への手紙にもかかわらず日本からだいう事もあり開封。彼が大金を持ってマニラに来る事を知り、妹には告げずに友人と組み、強奪を計画し実行し強奪したまでは成功。だが、まさか、彼が彼女のアドレスを記憶しているまでは想定外で、無事、事件の早期解決に繋がったようだ。
それに、手付かずのお金が戻ったのは、強奪後に犯人たちは、兄の供述によると街のレストランで食事をしながらその場で分け合うことなく、食事代金のみ奪った金から支払いはしたものの、残りの金は一旦持ち帰り後日分け合う段取りにした事で大きな被害にならずに済んだ事でした。

しかし、初めてのマニラに来てこんなに大きな事件にあった彼にとっては、忘れようのないこれからの彼の人生を変えるに余りある事件になったですし、それを受けて事件を起こした兄の妹で彼の恋人になるひとりのピナイの心情は、被疑者の妹とはいえ可哀相に思いました。

以下彼女のコメント
「今までファミリーの為だけに人生を生きてきました、日本でタレントとして本当に頑張りました。」

「ショーダンサーとして日本に行きましたが、実際はホステスとして働きお客さんのセクハラにも耐え頑張り、やっと理想の彼と出会い、近い将来、彼のお嫁さんになれる事を待っていました。」

「私は何か悪い事をしたのでしょうか?」 「オオ マイ ガット!」と、しかし彼女の心の叫びは、ショックを受けた彼には届く事はなかったのです。