日本人が忘れたもの

ダリアとの結婚生活で失敗したこと

無事帰国を果たした私は、これからの生活を考え、職場も住まいも変えて、ダリアの訪日を首を長くして待ち望んで仕事に勤しんでいました。

今でこそフィリピンで結婚して、ビザ申請をしてから六ヶ月程しなければ訪日出来ませんが、当時は、長くても一ヶ月程で来日出来ましたが、それでも私にしてみれば、とても長く思われました。

ダリアが来日してから、長女のアナベル(孔鈴)が生まれるまでは、平和で質素な幸せな時間が過ぎ行き、私にはダリアとの結婚生活の中で一番良い日々が送れたように思われます。
(注:アナベルが生まれたのは9月19日で私の子なら8ヶ月強で生まれた事になるのだが・・・)

ダリアの胸からは母になった証でもある母乳がまだ滴り落ちていた、出産してから半月が過ぎた頃、いよいよ、ダリアの作戦が実行される事になるのです。

私のプロモーター時代の友人が経営する近所のPパブに面接を果たし翌日からは働き始める始末で、他でもない友人の店と云う安心感も有り、反対もせずに、事はダリアペースで進み始めたのですが、徐々に家事などをするよりも客との同伴を毎日のようにする始末で、店が終われば、これまた客と毎日のようにアフターまで付き合うので、当然のように早く母乳は止まり、受乳は粉ミルクに代わり、私の食事もマイセルフになり、夫婦のコミュケーションも必然的に少なくなり、このままでは家庭の崩壊に繋がると思い、何度となくダリアと話し合いを持つ事にしたのですが、ダリアは私の話を聞く様子も見せず知らん振りが続く有様で、取り付く暇もない状態で、そんな日々がしばらく続きましたが、夜の夫婦生活は、ダリアが求める事もあり自然に任せて居たところ妊娠する事に!それが、後に次女として(とはいえ、私にとっては長女ですが!)生まれる、アナローナ(孔呂奈)でした。

それからも、私は朝から仕事をし、家に帰るとダリアは綺麗に着飾って店へ。残されたアナベルと私は食事をし、風呂に入り、テレビを見て、時間が来るとふたりでベッドの中へ入り夢の中へ。そんな毎日が私の日課になって行きましたが、私も男、フラストレーションが堪り始め、いつしか子供を寝付かせると、Pパブへと足が向くのでした。
(この時点で、もう夫婦ではなく同居人のようでした。)

Pパブへ行くとはいえ、さすがの私も他の男と妻が隣に座って居る姿は見たくなく他の店に行くのでしたが、それを知ったダリアは負けず嫌いの性格そのままに、他の店に行くなら自分が働いている店に飲みに来いと、命令とも思える程の強い口調で、嫌々ではありましたが、ダリアが、どのように仕事をしているのか?見てみたい事もあり、足を運ぶのでした。

そんな日々が続き早くも9月になり、アナローナが生まれ家族4人の新たなステージに入りましたが、以前から、ダリアと私で収入が合わせて50万円程になるのに、なぜお金が貯まっていないのかと、ダリアに問いかけると「知らない」の一点張りでらちが明かないので、私は何度となく、私とダリアと子供たちの生活を大切にしてとお願いをして来たのですが、例によってダンマリするだけ、何も話そうとしてくれないので、私は「アノ グスト モ?」と云うのだが、返答はなく話し合いにもならずに、ジ エンド!

そんな折、ある日の午後、私の堪忍袋の緒が切れ、ついに大きな声でダリアを罵倒すると、これまた、私の声を制すような大きな声で食いかかってきたので思わず私は手を挙げてしまったのです。
するとダリアは、泣きながら「私の夢と貴方の夢は違う!」「私は自分の家族の為に頑張る」のだと・・・

この事で、すべてが終わったなと思うと共に、それからの私は形だけの仮面夫婦を子供の為にだけ演じる事を秘かに心に決めたのでした。

それからの私は、仕事も手につかずいくつもの就職先を変えていたのですが、最後には家族寮がある仕事に就き、ようやく落ち着く事になったのですが、家庭は相変わらずばらばらで、其々の道を歩いているような状態で、たまに私から会話をしようとしても、無視されるか、野に放たれた狼のように噛み付いて来るので、最後はそれを制する手段として暴力をふるう毎回が続き、さすがに私も何を云おうと、どんな手を使っても分かってもらえないので、次第に半ば諦めて行きました。

この頃になると、どのようにしてダリアと別れるかを模索し始めていました。

元々、二人の人生に対する目標が違う事にあり、初めから交わる事が出来ない水と油なのだと・・・

私的には、シンプルで家族を大切に思う人生を、現在の日本人女性にはなくなりつつある愛する人を心から信じ、良妻賢母の気持ちがあり尽くしてくれるピナイの為に私の人生を捧げるつもりで疑問に思う事も多々ありましたが、ダリアとの結婚を決断したのに、ダリアからしてみると、フィリピンのファミリーを一番に考えて私と結婚し、日本で大金を稼ぎ出す事をし、貧困に喘ぐ家族の脱却を目指すのが彼女の夢である事が今までの結婚生活の中で考えられ、何処までも交わる事が無いと思うのでした。(その頃になると夜の夫婦生活も途切れがちに・・・・・)

そんな折、友人と青梅のPパブに行く事になり、子供たちを寝かせて、その店に向かいそこで出会うのが現在の妻であるエバンジェリン(リン)なのです。

リンとのエピソードは後に書き込む事にします。(決して出し惜しみではありません。)

それから、二ヶ月が過ぎた頃にまたもや大事件が起きるのです。

突然の会社からの解雇通告が出され、三ヶ月のうちに仕事をやめて社員寮のアパートを出て欲しいと社長から言われたのです。

社長によると、不景気で会社を縮小するとの事。元々、家族経営で社員は私だけの零細企業で当初から私を雇用したのには無理があったのですが、私の人柄を買ってくれて居たのでした。

そんな事もあり、三ヶ月の猶予を戴いたのですが、そのことを、ダリアに伝えると、今まで自分の意見や考えなど一言も発しなかった彼女が、「日本に来てから一度もフィリピンに帰っていないから帰りたい!」と云うので、こんな折に云い出す事ではないではと思いながらも、これからの事を考えると、家族を連れて住まいや、仕事を探すのは困難ではないかと思い、了承し、ダリアと二人の子供は、それから二ヶ月後になり、フィリピンへと旅立ったのでしたが、これがダリアとの結婚生活の終わりになるのでした。

その事がわかったのは、以前からダリアがアテと慕っていたピナイの所にダリアが帰ってきたら、私の新しい職場と住まいを知らせに行った時に私は薄々感じていたのですが、そのアテいわく、「ダリアはもう貴方の所には、戻らない!」「子供はフィリピンに置いてくる」「だから、貴方も頑張って」それが、ダリアの私あての最後のメッセージと思い、まずは、二人の関係を終わりにするにしても、子供の事や離婚の手続きなどあるので連絡をくれとアテに伝え、後にしました。

後々になって分かった事でしたが、その時点でダリアは彼女なりに考えた末に、子供をフィリピンの親に預け、私と二人でやり直そうと考えていたのでしたが、私はもうアテの話を聞いた時から騙されたもう、終わりだと思い、ネクストライフを考えてスタートを切っていたのでした。

それからまもなくして、半月も過ぎた頃になり、ダリアから友人を介して連絡が入り、ある街の喫茶店で待ち合わせし話し合う事に!

その待ち合わせ場所に行くと、ダリアだけではなく、人権団体の人間も同席して、まずは、ダリアの言い分を聞く事に・・・

  ダリア:「頑張って仕事しているのに、貴方は私のきもちを判ってくれない」

 「すぐ、暴力をするから、もう我慢できない」 「だから別れる」 「子供は私のものだから、貴方には渡さない」と云うと

団体:「貴方のした事はりっぱな暴行罪に当たりますので、慰謝料を請求し別れて貰います」

 「今、離婚の手続きをしましょう。」と私の話も聞かずに一方的に、話すので

  私:「貴方たちは、私たち夫婦の何が分かるんですか?」

 「片方の話だけを聞き、すべて私が悪いように判断しますが、たしかに暴力を振るった私は悪いと思いますが、殴られる方にも原因はあるのですよ!」

 「貴方たちは、日本人的に考えていますが、フィリピン人の考えをどれだけ理解していますか?」

  「大体、貴方たちは何で夫婦の問題に入り込んでくるのですか?」

「もし、話し合いがし難いのでと中に入るなら、まずは二人で話し合う事から聞く事が 筋ではないのですか?」

  「少しは私の話も聞く耳を持ってみたら」

そこまで云うと黙って私の話に耳を傾けたので、今まで過ぎてきたすべての事柄を話し、出来るなら子供の事もあるのでもう一度やり直したい旨伝えたのです。

すると、人権団体の人間も少しは私の気持ちが理解でき、まずはもう一度話し合う事をダリアに伝えたのですが、子供はフィリピンに置いて来たとの事で、もう二度と生活は出来ないので別れて欲しいの一点張りなのもありましたが、日本で生まれた子供たちをフィリピンに置き去りにし離婚を迫るダリアに減滅し、子供を日本に帰す事を条件に別れる事に同意したのでした。

これで、ダリアとのエピソードは終る事にします。

私は、ダリアとの結婚生活の中で又一つ異星人フィリピン人を垣間見たのですが、ここで、私なりに分析する事にしたいと思います。なぜ、上手くいかなかったのか?

1:タレントとして日本に来たピナイを嫁にするな!(大多数が、フィリピンで稼ぎ頭だから)

2:それでも結婚するなら、最低でも短大を卒業している子にすべし!(判断力や理解力があるから)

3:結婚する前から、金銭やフィリピンへの支援はするな!(くせになるので!)

4:結婚後も、基本的には仕送りはするな!(仕送りを頼まれたら勇気をもって金は無いと言え)

5:兄弟は多くても4人以内で、長女を選ぶべし!(兄弟が少なければ仕送りも少額ですむから)

6:疑問が湧いたらどんなに好きでも彼女を諦める勇気が必要!(一生馬鹿やるならOK!)

7:来日したら、どんな事があろうとも夜の仕事には就かせない!(夜の客は夫より優しいものだ)

8:フィリピンの言葉を覚えろ!(大事なコミニュケーションが取れなくなり彼女の気持ちをキープ不可)

9:進んでフィリピン料理を食すべし!(下半身だけを食すのはNG)

10:歴史や文化を取り入れて、フィリピンを愛すべし!
(時折居ますが、奥さんがピナイのくせにフィリピンの事を馬鹿にしている日本人は最低)

11:記念日は忘れるな!(普段はシンプル ライフですが、記念日は花の一輪でもよいので送りましょう。)

12:収入が多くてもピナイと幸せな結婚生活がしたければ、派手な生活は慎むべし!
(派手な生活に慣らされたピナイは金が切れると二度と貴方の元には戻らない)

13:日本人的に釣った魚には、餌はやらないではだめ!(釣った魚だからこそ、餌はやりましょう)

14:時間が空けば常に話し合いを忘れずにすべし!(将来の事は特に話し合いを)

15:一生を賭けて愛する事を忘れずに!(他の女性に目が行くなど論外)

16:どんな事があろうとも手を挙げない!(挙げたら、全てが ジ エンド)

以上ここに上げた事例の一つでも欠ける事があれば、崩壊へと突き進むようです。
結婚したら家の中だけはフィリピン共和国にすると上手くいくと思います。